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文系SEりくひろの転職体験記#1-1「いざ、IT業界へ!」

 

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いざ、IT業界へ!

今回から、 「文系SEりくひろの転職体験記#1」と題し、私の1度目の転職活動について綴っていきたいと思います。転職を志す皆様の参考に少しでもなれば幸いです。

とは言っても、今回の記事は新卒で入社した会社から、1度目の転職を決意するに至るところまでのエピソード、プロローグ的なお話です。

 

 

1.新卒就職活動開始ー当時は厳しかったー

私が転職活動を行ったのは、2011年のことでした。当時はリーマンショックの余波がまだ残る中、3月11日というちょうど就職活動が始まる直前に東日本大震災があったこともあり、新卒・転職ともに就職市場は非常に冷え込んでいました。

そんな中、地元愛知県の文系学生だった私も就職活動をスタートします。しかし、前述のような景況だからか、企業の担当者はどこも偉そうだし、就活ノウハウ本みたいなものを持っている人が大勢いるし、リクナビは「内定をゲットした人の平均エントリー数は70社!」とかいって煽ってくるしという有様で、辟易としてしまっていました。

 

ところが、実際に書類選考や面接を受けはじめてみると、笑えるくらい通りませんでした。当時私は特に「絶対この業界!」という強い意志もなかったため、就活生向けに公開されている情報を頼りに、旅行業界、食品メーカー、機械メーカー、自動車メーカー、製品部品メーカー、鉄道会社、損保etc.と、数多の業界の企業に応募していました。もちろん最初からそんなに節操なしに送っていたわけではありませんが、とりあえず数出さないと面接に引っかかりもしなかったのです。 

2.IT企業を受け始めるー最初は営業職だったー

そんな中、文系の学生向けにIT企業の求人が出ているのを見つけました。IT企業のソリューション営業の求人でした。「なるほど、IT業界は求人多くて良さそうかも。文系だからエンジニアは無理でも営業なら行けるか」と単純に考えた私は、そこからIT業界の営業職もターゲットに入れ始めます。

 

その後、私がエンジニアになるきっかけとなったのは富士通エフ・アイ・ピーという会社の企業説明会を訪れた時でした。エンジニア職の女性社員の方が経済学部出身だと話していて、私は思わず「え!?文系でもエンジニアになれるんですか?」と『ちょっとは下調べしてこいよ』、と突っ込まれそうな質問をしてしまいました(笑)その女性社員は「人数は多くないですがいますよ」と笑顔で答えてくれました。そこで、『他の文系の人にできて俺にできないことはないだろう!』という謎の自信を持って、私はエンジニア職を受けることを決めました。 

3.エンジニア職を受け始めるーやっとのことで内定獲得ー

しかし、 その後の活動もお世辞にも上手く行っていたとは言えず、結局就職留年した挙げ句に2年目の夏の終わり頃に、愛知県のトヨタの名を冠した開発会社に就職することになりました。

書類提出した会社を数えたら、実に130社にのぼっていました。よくやったなぁと思いましたが、内定が出た時は『これでようやく社会人になれる』と涙が出そうなくらいホッとしたものです。

 

ちなみに応募した企業の中にトヨタコミュニケーションシステム(現在のトヨタシステム)という、中京圏ではかなりの勝ち組ユーザー系子会社があったのですが、そこの人事担当者に「億の仕事ができないSEはSEとは呼べない」と言われたのが非常に印象的で、今でも覚えています。(入社したのはここではないです)

なんだと!』と思われた方、落ち着いてください(笑)当時の私は学生だったので『じゃあ、俺もいつか億の仕事ができるSEになりたい!』と非常に素直に捉えました。これがその後の私のキャリアプランにも影響を及ぼすことになったのです。

4.新卒入社ー思い描いたキャリアプランー

満を持して新卒SEとして入社した私が配属されたのは、トヨタの名前を冠しているにも関わらず、トヨタ以外の開発をしている、所謂外販部隊でした。トヨタ関連の部署はほとんどが下請仕事でしたが、この部署だけは顧客と直接契約の案件も扱っていました。

 

最初は本当に周りの人の話が接続詞しかわからないような状態で、しかもなかなか仕事が与えられず暇だったので、会社に行くのが辛くて仕方有りませんでした。

しかし、勉強しながらコーディングや環境構築等が徐々にできてくると少しずつ楽しくなり、『この仕事イケるかも!』と思うようになっていました。入社して大体1年くらいだったと思います。もう1年経つと、自分が目指したい方向が見え始め、

  • 顧客折衝や上流工程を担うプライムで行う仕事がしたい
  • いつか億の仕事ができるSEになりたい
  • もっと稼ぎたい(当時370万~380万くらいだったと思います)

ということを考えていました。この話を仲の良かった先輩数人に話したら「この会社じゃ無理だよw」と笑われました。私は『じゃあもう少し修行を積んでから30歳くらいで転職するか!』と割とポジティブに捉えていたのです。

5.突然の異動

ところが、3年目も半分過ぎようかという頃、突然部長と部長補佐の2人に呼び出され、

「りくひろ君には2週間後からトヨタの部署に行ってもらいます。ウチの会社で一番売上の大きい花形部署だから、栄転ですよ」

と言われました。

「は?」

と言いそうになるのを堪えて尋ねると、どうやら社長がトヨタの部署を強化するために言い出した人事異動キャンペーンらしく、私が生贄第1号に選ばれたようでした。部長はニコニコでしたが、部長補佐がバツの悪そうな顔をしており、「あ、売られたなこれ」と直感的に感じました。

 

異動先の部署は上流でトヨタのシステムを扱う会社の下請として入る仕事をするところでした。つまりこれは、私が描いていたキャリアプランのうち、顧客折衝や上流工程の経験を積む機会が大幅に失われてしまったことを意味していました。

いやいやありえねーだろ、と思いましたが、2週間前に言われるということは「お前の意思は関係ない」と言われているのと同じことでした。

 

6.転職を決意

異動後、やはり想像通り下請けで開発フェーズの一部分だけ切り取られて渡される部署であることが如実にわかりました。『ここにずっといたら余所で通用しない人になっちゃうな』と感じていました。しかし、就職活動で非常に苦労した私は、『転職したらまたあの就職活動をするのかぁ…』と、ここではまだ踏み切れずにいたのです。

 

すると、私の異動に対する並々ならぬ不満が滲み出ていたのか(笑)、課長から連絡がいっていたらしく、ある日部長が私のところに説得にやってきました。まだ20代中盤で青かった私は、残留と転職を天秤にかけようとして、

この部署でずっと働かなければならないなら辞めます」と宣言しました。その後部長は何週間にも渡り説得にやってきたのですが、しまいには

部長「何が不満なのか理解できない。君がいた部署は弱小部署だ。ここならトヨタの仕事だから安泰なんだぞ

と怒り出しました。これを聞いた瞬間、スッと気持ちが冷めてしまい、『あ、転職しよ』と思い、これが1度目の転職のきっかけとなりました。

 

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